昼休み。祐巳が薔薇の館の会議室に入ると、令さまと由乃さんが肩を寄せ合って一冊の雑誌を眺めていた。いつもながらこの二人は仲がいい。
「ごきげんよう。何を読んでいるんですか?」
「あ、ごきげんよう祐巳ちゃん。これ、野球の雑誌だよ」
令さまが雑誌を持ち上げて表紙を祐巳に見せてくれた。表紙にはピンクの文字で「ベースボールポポロ」と書いてある。
「へえ、こんな雑誌があるんですか。知りませんでした」
「あら、平均的女子高生の祐巳さんが知らないとは意外ね」
由乃さんが可愛らしく笑う。おとなしくしていたらこれほど愛らしい女の子は滅多にいないのだけれど。
「平均的女子高生はそもそも野球なんか興味がないんじゃない? ねえ、ちょっと見せて」
「うん、いいよ」
というわけで祐巳も由乃さんの隣の椅子に腰を下ろし、一緒に雑誌を眺め始めた。
表紙には二岡や五十嵐亮太といった名うての美形選手に並んで古木の写真がある。
「あ、古木も出てるんだ。インタビューでも載っているの?」
「ああ、グラビアがあるんだよ。見てみる?」
令さまがページを繰ってくれる。そこに現れたものは。
「こここここ」
「こけこっこ?」
「そうじゃなくて。この写真はいったい……」
「祐巳さんて案外免疫がないのね。修学旅行でも沢山見たじゃない」
「だってあれは彫刻だもの。なんで野球選手が裸なのよ」
真っ赤になってしまった祐巳に、令さまが楽しげに言う。
「前も言ったじゃない。野球なんて、美しい殿方を観賞するためにあるんだよ」
「ででででも、これはちょっとあれなのでは……」

などという話をしていると、祥子さまが颯爽と部屋に入ってきた。
「ごきげんよう。あら、何を見ているの?」
そう言いながら祥子さまは三人の背後からひょいと覗き込んだ。最近ずいぶん軽くなってきた祥子さまはこういう気軽な行動を取られるようになって、そのこと自体は祐巳にとっても喜ばしいことなのだけれど、今回はまずかった。
「ひっ……」
案の定祥子さまは硬直してしまった。これはきっと修学旅行でも美術館には入らなかったな。「裸なのが気にくわないわ」とかなんとか言って。
「お、お姉さま。大丈夫ですか?」
祐巳が慌てて祥子さまの手を取って離れた椅子に座らせて、気を落ち着かせるためにお茶の用意に立つと、いつの間にかそこにいた乃梨子ちゃんが雑誌を覗き込んだ。
「古木ですか。いい上腕三等筋をしていますね。あと15年経つといい感じになりそうですね」
「さすが乃梨子ちゃん。なかなかそういう発想はしないわね」
「そうだね。乃梨子ちゃん阪急やおいとか好きでしょ」
「やたらと松永が出てくるやつですね」
「そうそう。弓岡×松永とか松永総受けとか。ぎゃはははは」
「松永が必ず受けなんですよね」
「やだー、令ちゃんも乃梨子ちゃんも。リアルに想像しちゃったじゃない」
というようなどうしようもない会話で盛り上がる三人が、迫り来るずず黒い空気に気がついて一瞬で沈黙したときには、既に遅かった。

「……三人とも、何をしているのですか」
「ひっ」
令さまをはるかに上回る長身から見下ろす眼光の迫力で、今度は三人が硬直する番だった。
「祐巳さまには幻滅しましたが、それでも薔薇さま方やつぼみの皆様は清純な乙女だと信じていましたのに……! 粛正が必要なようですね」
「そ、そんな粛正って。あ、志摩子さん、助けて」
動転した乃梨子ちゃんは「お姉さま」と呼ぶことなど忘れてしまっている。
「乃梨子。私は委員会に行ってきますから」
「あ、逃げた。ひどいよ志摩子さん。姉妹の絆ってその程度のものなの?」
「私も命は惜しいのよ、乃梨子」
「ってそんな」
「貴様らそれでも帝国軍人か。歯を食いしばれ!」
「可南子さん、それ違う。ってぎゃー!!」

「どどどど、どうしよう」
阿鼻叫喚の地獄絵図を目の当たりにして身動きが取れなくなった祐巳の袖を、誰かがそっと引いた。
「祐巳さま、祥子お姉さま。こちらです」
「瞳子ちゃん! 助かったー」
瞳子ちゃんに手を引かれて祐巳と祥子さまはほうほうの体で薔薇の館を抜け出した。
「まったく、黄薔薇も白薔薇もどうしようもありませんわね。一度痛い目に遭えばよろしいのです。私たち紅薔薇姉妹はあくまで清く正しく行くのですわ」
「そ、そうだね。え?」
よくわからないがとにかく大きな間違いがあるような気がした祐巳だったが。
「瞳子ちゃんの言う通りだわ。あれで令も少しは懲りてくれるでしょう。私たちは紅薔薇の系譜を汚さないようにしなくてはね」
という祥子さまの言葉に、
「うん、そうだね。紅薔薇姉妹は清く正しくだよね」
と納得してしまったのだった。祥子さまは瞳子ちゃんの言葉の問題点に気がついていないだけだったのだけれど。

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